学生時代は落語研究会におりました、くろーるです。
落語と怪談に共通するテーマが「人間の業(ごう)の深さ」だと思います。
人間の業の深さとは、欲の深さとそれに対する報いを意味しています。
落語は笑いで、怪談は恐怖で「人間の業の深さ」を表わしているのです。
怖い落語の面白さは、最後に“真の恐怖″が残されること。
その中でも面白さを残した演目を厳選しました。
おかしさと恐怖のコラボレーションをお楽しみください!
オチを聞いたあとにおぞましい映像が浮かぶ落語「そば清」

江戸ではそばの大食いと知られた清兵衛さん、その名も「そば清」。今日もそば屋で何枚食べられるかの賭けをしては、掛け金を巻き上げていました。ある日、かけそば50皿に1両の賭けを持ちかけられるも、この賭けは敗けてしまうと察した清兵衛さんは、一度は逃げ出します。ところが、ある薬草に偶然出会います。人間を食べるうわばみが、食後に消化するために舐めるというのです。これさえあれば、いくらでもそばを食べて、賭けにも勝てると思った清兵衛さん。50皿食べたら1両の賭けに挑戦し、次々とそばをたいらげていきます。いよいよ苦しくなったところで、そばを消化しようとあの薬草を舐めてみると・・・
本編長さ | 約15分 |
怖さ度 | ★★★★☆ |
笑い度 | ★★★★☆ |
「ラストのおぞましさを、あなたは想像できますか?」
落語「そば清」にキャッチコピーをつけるとしたら、こんな感じになると思います。
そばの大食い王・清兵衛さんが、どれほどの実力の持ち主なのかを知るパートは、かなり笑えます。
次々とそばを食べるシーンも見せどころです。
個人的な好みで柳家喬太郎師匠の落語「そば清」を推してますが、他の演者でも多少のキャラ違いはあれども、落語らしい笑いとなっています。
しかし、最後の5分くらいから様相が一変。
いくらかの狂気を感じながら、自分の中で笑いが恐怖へと変わり始めていることに気づくのです。
清兵衛さんのそば食いとしてのプライドが尋常ではないことはわかります。
その思いの強さが、おぞましい結末を招くことになるとは。
オチを終えた瞬間、私の頭の中には悲鳴がこだまする演目なのです。
ラストシーンの解釈しだいで怪談にもなる落語「もう半分」

夫婦で営む飲み屋に、いつも桝に半分ずつ注文する常連客のおじいさんがいました。その日は、いつもより遅くやってきて、いつもどおり半分ずつ飲んで帰っていったのです。主人が店を閉めようと片づけをしていると、おじいさんが忘れ物をしていったことに気づきます。なんと中身は50両の大金。それを知った女将さんは、黙って取ってしまおうと持ち掛けます。そこへ血相を変えて飛び込んできたおじいさん。聞くと娘が身を売って稼いだ50両だったのです。しかし、夫婦はその50両を知らぬと追い返してしまいます。悲観したおじいさんは、橋の上から身投げをして死んでしまったのです。しばらくして、夫婦に待望の赤ちゃんが生まれます。ところが、この赤ちゃんが死んだおじいさんにウリふたつ。しかも、乳母が次々に辞めてしまうのです。それには、恐ろしいワケがあって・・・
本編時間 | 約30分 |
怖さ度 | ★★★★☆ |
笑い度 | ★★★☆☆ |
落語といいながら、「もう半分」には笑えるところはほぼ無しといえます。
身を売って稼ぐ娘、その金を忘れた挙句に死んでしまうおじいさん、そして大金をくすねる夫婦。
ひとりとして救われることのない話が続きます。
それでも、私は「もう半分」が落語であると思えるのは、まさしくラストの部分です。
あらすじにも書きませんでしたので、詳細は省きます。
ただ、このラストとオチをどう解釈するかで、怪談なのか?それとも、落語なのか?と二分されるのではないでしょうか。
私は「もう半分」のオチは、ニヤリとしてしまった派です。
そこだけで、笑い度★★★とさせてもらいました。
ちなみに、おじいさんが夫婦に奪われた50両という金ですが、現在ではおおよそ500万円くらいと考えられます。
500万円持ったまま酒を飲みに来るのですから、おじいさんの酒好きも狂気だといわざるを得ませんね。
落語「死神」

ある借金だらけの男は、返すあてもないため首を吊って死のうとします。そこへ「自分は死神」だという男が現れます。その自称・死神の男は、医者になれば大儲けができるというのです。その方法というのは、死神を追い払う呪文を病人の前で唱えるというもの。ただし、それにはルールがあって、病人の頭に死神がいるときはその呪文は使えないというものでした。半信半疑ながら死神の男のいうとおりにすると、死にかけていた病人が嘘のように元気になったのです。評判が評判を呼び、たちまち名医として金に困らない生活になりました。ある日、病気の娘を治して欲しいという依頼を受けます。その報酬の大きさに目がくらんだ男は、あるアイデアを使って死神と約束したルールを破ってしまったのです。うまく事が運んで大儲けをしたといい気分になっているところへ、あの自称・死神の男が再び現れます。自称・死神は、約束を破った男をある場所へ連れていくと、そこには無数のろうそくが立っています。そのうちのひとつ、今にも消え入りそうなそうろくこそお前の寿命のろうそくだというのです。寿命を延ばすために、死神が男にひとつの賭けを提案するのですが・・・
本編時間 | 約25分 |
怖さ度 | ★★★★★ |
笑い度 | ★★★★☆ |
笑い度と恐怖度のバランスが絶妙なことでも人気の高い落語「死神」。
演者によってオチがハッピーエンドとバッドエンドがあるのですが、断然人気はバッドエンドの方ではないでしょうか。
落語「死神」が人気の高い演目である理由は、面白さと怖さの落差の大きいこと。
「ふざけている」としかいいようのない死神退治の呪文やルールを破るアイデアなど、おもしろ要素があちこちにちりばめられています。
ニヤニヤと笑える展開から一転、主人公の男は恐怖のどん底へ突き落されるのです。
そして、おそらく死神は、その恐怖を楽しんでいます。
主人公の男が恐怖におののく姿をみるために、あえて楽しい思いをさせたとしか考えられません。
なんとも趣味の悪い、だからこそ、死神なのだと気づかされます。
死神とは死をもたらす者ではない、死の恐怖を与える者なのかもしれませんね。
まとめに:もっとも怖いものとは“人間の欲“であることを知る怪談
人の暮らしの一部を切り取り、面白い話にしたものが落語。
だからこそ、落語における怪談は人の心の中に潜む“狂気”をテーマにしています。
私の好みである「始めは笑えるけど、ラストには戦慄の走るような恐怖が残る演目」として、この3題を選んでいます。
また、長くても本編時間が30分程度と聞きやすいのも選んだ理由です。
落語での怪談にはこの他にも「真景累ケ淵(しんけいかさねがふち)」「牡丹灯籠(ぼたんどうろう)」「鰍沢(かじかざわ)」などもあります。
ただ、本編時間が長く、内容も難解なので、落語初心者向きではありません。
一方で、怖さを追求した演目でもあるので、本格ホラー好きの方にはオススメです。
それなりに恐怖への耐性を覚悟して挑まれてはいかがでしょうか。