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戦国時代のわやなストーリー

細川ガラシャは絶世の美女じゃない?本当に美しいのは侍女!?

裏切り者・明智光秀の娘であり、関ヶ原前夜にキリスト教に殉じて悲劇的な最期を迎えた細川ガラシャ。絶世の美女として知られる細川ガラシャですが、その容姿に関するものは多くありません。本当に細川ガラシャは美人だったのか?その真相に迫ります!!
戦国時代のわやなストーリー

服部半蔵は忍者じゃない!伊賀流派忍者だったのは実は父親!?

伊賀忍者として有名な服部半蔵。映画や時代劇ではおなじみですが、実在の服部半蔵は忍者ではありません。”鬼の半蔵”といわれ徳川十六将に数えられる立派な武将です。それが、どうして忍者になったのでしょうか?服部半蔵が忍者となった理由を探ります!
戦国時代のわやなストーリー

豊臣秀吉は6つ目の手の指をもっていた!記録に残る指6本の証拠!

”猿っ!”のあだ名で呼ばれていた豊臣秀吉。しかし、もっとヤバい呼ばれ方を織田信長にされていました。それは“六つ目!”。なぜなら、豊臣秀吉の右手には6つ目の指があったというのです。多くの証言がある豊臣秀吉の指6本説を検証します!
戦国時代のわやなストーリー

名茶器・平蜘蛛と最期は爆死がウソ?戦国三悪人・松永久秀の真の顔!

戦国の三悪人として評判の悪い松永久秀。主家乗っ取り・将軍暗殺・東大寺放火のあげく、最後は名茶器・平蜘蛛を抱いて爆死するという悪党らしい死にざまを見せたといいます。しかし、松永久秀の本当の姿はもっとマジメな人物なのではないでしょうか?真実の姿に迫りたいと思います!
戦国時代のわやなストーリー

残念なことわざ武将・筒井順慶『洞ヶ峠を決めこむ・元の木阿弥』

筒井順慶といえば、本能寺の変で織田信長を討った明智光秀に援軍をしなかった優柔不断なイメージがあります。それは筒井順慶にまつわる残念なことわざが二つもあることも関係しているのではないでしょうか?筒井順慶に関連したことわざの意味と由来をご紹介!
戦国時代のわやなストーリー

らい病か?梅毒か?友情の関ケ原に散った大谷吉継の病気とは?

病気と闘いながら、親友・石田光成とともに関ケ原では西軍に参加し自害した大谷吉継。ハンセン病(らい病)とも梅毒ともいわれ、病気で崩れた顔を白頭巾で覆っていたともありますが真の姿ではないようです。大谷吉継の病気の真相を探ってみましょう!
戦国時代のわやなストーリー

朝鮮出兵に7匹の猫が同伴?命を救った愛馬?島津義弘は動物好き!

戦国時代の九州の雄・島津義弘には、動物にまつわるエピソードがあります。朝鮮出兵には7匹の猫を連れて行き、愛馬には命を救われています。どちらも今に伝わる証拠もあり、島津義弘は動物好きなの?と思わせるほっこり話をご紹介します。
戦国時代のわやなストーリー

転職無双!家康も秀吉も惚れた藤堂高虎の7度の主君替えでも出世の極意

七度も主君を変えた藤堂高虎は、”ゴマスリ””お世辞上手””世渡り上手”と後世の評価は散々なもの。しかし、戦国時代がそれほど甘いわけはありません。名だたる天下人から絶大な信頼を得た藤堂高虎が大切にした出世の極意とは何か?真相に迫ります!!
江戸時代のわやなストーリー

大坂夏の陣の闇!屏風に見る惨劇!殺人略奪に女性子供の人身売買!?

大阪城天守閣に保管されている『大坂夏の陣図屏風』は、”戦国のゲルニカ”とも呼ばれる大阪夏の陣で起きた戦場の惨劇を描いた屏風として知られています。しかも、勝者側の武将が描かせたことも謎です。『大坂夏の陣図屏風』が伝える惨劇をご紹介します。
江戸時代のわやなストーリー

松尾芭蕉の正体!伊賀生まれの忍者・服部半蔵と同一人物か!?

俳句の名人・松尾芭蕉が東北・北陸を旅して書いた「奥の細道」には不自然な点も多くあります。そのため、松尾芭蕉は忍者で、東北・北陸の内偵が目的だったのではないかといわれています。松尾芭蕉が忍者であった可能性はあるのか?その根拠を検証します!!
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