日本史の中でも飛鳥時代は、とてもドラマッチな時代です。
日本人なら誰でも知っている偉人・聖徳太子の時代といえばわかりますね。
それでいて、印象の薄い時代でもないでしょうか?
その理由として・・・・・
人間関係が複雑?人物名が読みづらい??
などなどが上げられると思います。
飛鳥時代を題材にした大河ドラマや映画もほとんどありませんので、馴染もないのでしょう。
だからこそ“飛鳥時代を知りたい!”、“詳しくなりたい!”と思った私が、手始めに読みこなした飛鳥時代小説をご紹介します。
小説という体をとれば、ドラマを見るがごとく飛鳥時代の背景も人物名も身につきますよ。
『覇王の神殿(こうどの)日本を造った男・蘇我馬子』
- 著者 伊東潤
- 出版社 潮出版社
- 発売日 2023年9月20日
- 定価 950円(税別)
かねてから、日本史において権力を奪取し、悪逆非道の限りを尽くす権力者とされる人物に違和感を感じてきました。
飛鳥時代においての蘇我(そが)氏一族も、そのひとつです。
のちに乙巳の変(いっしのへん)によって、蘇我入鹿(そがのいるか)が暗殺されることで蘇我氏は没落していきますが、ときの天皇を超えるような権力をもつことだけが目的で、ひとつの時代の頂点に立つことなどできるのか?と思うのです。
『覇王の神殿』の主人公・蘇我馬子(そがのうまこ)は、蘇我氏隆興を盤石にしたともいいますが、単なる権力史上主義者ではないことを中心に話は展開します。
スピーディに展開するストーリーは、まるで戦国時代小説を読むかのようで、登場人物の栄枯盛衰に心を熱くさせるシーンがいくつもあります。
それでいて、飛鳥時代の重要な事件をうまく網羅し、スムーズな話の運び方で読むものを惹きつけています。
さらに、飛鳥時代を彩る登場人物も、しっかりした描写がなされています。
蘇我氏のイメージが変わるだけではなく、聖人君主のイメージのある聖徳太子こと厩戸王子(うまやどのみこ)や女性初の天皇として知られる推古(すいこ)天皇も、とても人間臭い描かれ方をしています。
飛鳥時代といえば、現在の奈良という土地柄も相まって、のんびりとした雰囲気に思われますが、権謀術数が飛び交い、命がけの激しい政治的駆け引きがされた時代であることがよくわかります。
のちの権力者の正当化のために、前の権力者を貶めるということは、歴史上では何度も繰り返されてきました。
悪いヤツを排除して新しい時代を作るという歴史バイアスを排除して、蘇我氏の功績を描いた試みが、とても新しく好感が持てる一冊です。
少々、劇画的なシーンがあったり、ご都合主義な解釈と見受ける箇所もありますが、何分、一次資料の少ない時代のこと。
そこは著者のイマジネーションが膨らむところでしょうから、小説らしい新解釈として見るといいと思います。
飛鳥時代を知るステップとしても、読みやすい小説ですね!
『和(やわ)らぎの国 小説 推古天皇』
- 著者 天津佳之
- 出版社 日経BPM
- 発売日 2022年2月
- 定価 1,800円(税別)
まるでアオハルでも読んだような爽やかな読後感。
話はドロドロしているはずなのに、晴れやかな気持ちでページを閉じる歴史小説も珍しいのではないでしょうか。
『和らぎの国 小説 推古天皇』とタイトルにあるとおり、女性として初めて即位した推古天皇を軸に描かれているのですが、その推古天皇がいつも前向きで微笑ましいから、これほど気持ちの良い読了感になったのかもしれません。
“推古天皇”というのは薨去(こうきょ)、いわば亡くなったあとに送られる名なので、小説中では炊屋姫(かしきやひめ)と呼ばれています。
炊屋姫は、この時代の女性でありながらも類まれなる政治センスがあったという表現で書かれた話が多いのですが、『和らぎの国』では、むしろ女性らしい母親らしい人物の表現が多く描かれます。
また、蘇我馬子(そがのうまこ)や厩戸皇子(うまやどのみこ)いわゆる聖徳太子などなど、この時代の重要人物においても、親子の情や恋愛の場面・描写が丹念に書かれていて、政治的駆け引きや権力争いが薄められている印象です。
日本の国造りを、綺麗でまっすぐな目で進めていく様がキラキラしていてまぶしいくらいです。
もっとも、飛鳥時代の外交については、大国・隋や朝鮮半島の三韓(高句麗・新羅・百済)との関係がわかりやすく書かれているとともに、その繋がりはとても勉強になります。
蘇我馬子の人物設定に、少々雑な感があるのが残念です。
前の『覇王の神殿』とは違った解釈で、この時代の出来事も書かれていますので、読んでみてどの解釈が自分的にはしっくりくるか比べてみるのもいいと思います。
日経新聞に連載されていただけに、外交部分の読み解きは面白いね!
『斑鳩王の慟哭(いかるがおうのどうこく)』
- 著者 黒岩重吾
- 出版社 中公文庫
- 発売日 2021年4月21日
- 定価 1,200円(税別)
法律による統治や中央集権国家となっていく現在の日本の基礎を築いた飛鳥時代の中心人物、厩戸王子(うまやどのおうじ)=聖徳太子、推古(すいこ)天皇、蘇我馬子(そがのうまこ)の晩年から描かれていく『斑鳩王(いかるがおう)の慟哭』。
このあと、蘇我馬子の孫であり、厩戸王子の息子、そして、次の天皇候補であった山背大兄王(やましろのおうえのおう)をはじめ聖徳太子一族が滅亡へと向かってゆくストーリーが展開されてゆきます。
大きな動乱・事件があったにも関わらず、飛鳥時代が今一つ理解が進まない理由として、この中心人物たちの関係性に一貫性が感じられないところにあると思います。
その理由を中心人物たちの心の交差と葛藤、そして老いによる焦燥、さらに血気盛んな新世代との考えの齟齬といった感情によるものとしています。
聖徳太子はなぜ天皇にはなれなかったのか?
エリート一族であった山背大兄王とその一族がなぜ滅ぼされたのか?
この他にも、いくつかの飛鳥時代の謎を小説の中に散りばめつつ、サスペンス映画を見るような気分で読み進めていけます。
私が感心する部分として、一次資料を大事にして書かれている点です。
古代史には歴史的に信憑性の高いとされる一次資料が少なく、そのせいもあるのか古代史に題材をとる小説はとても少ないといえます。
にもかかわらず、著者である黒岩重吾氏は古代史を題材にした小説を数多く執筆し、一次資料を用いつつ、話が破綻しないように補填して書かれているなという印象です。
小説内でも資料を引用しつつ書かれているところなどは司馬遼太郎作品にも似た感じがして、歴史小説好きも読みやすいのではないでしょうか。
全般的に用語も固く、導入が長めなので、ストーリーに気持ちが入り込むまでに時間がかかりますが、一時代の終焉を見届けた満足感を得られますので、最後まで読み切ってくださいね。
政治の世界も、ときとして感情によって動くという様が感じられます。
政治の世界も、ときとして感情によって動くという様が感じられます。